働く=幸せ?『働く幸せ』を読んでのとっちらかった感想

哲学

「ブログ一本で生活できたらなー夜勤きついなー正社員ってやっぱ安定してるなー」

と、最近これらの考えが色々とごっちゃになっていったりきたりしてます。

そんな中図書館に寄った際に見かけた本がこの『働く幸せ』

そのタイトルに興味をそそられ、その時頭の中にふと

「障害者の方にとって、働くことそのものが幸せになる」

といった文言を思い出し、もしかしたらとちょっと本の中身を読んでみると確かに知的障害者の人に関する話。

その文言の背景はどういったものだったのか、『働く幸せ』っていうのはどういうことだろうと、何か参考になるものはあるかなと借りて読んでみました。

※一度読んだ後、頭に残った情報だけで書いているので本との内容に相違がある場合があります。また、走り書きの為いろいろ意味分からなくなってます。

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あらすじ

あるチョークの町工場がちょっとしたきっかけで知的障害者の人を雇ったのがきっかけで、今ではその工場で働く人のほとんどが知的障害者の人となったというお話。

また、その過程で様々なことを知ることができた、とその会社の社長である人が語っていくものになってます。

以下、本の内容とそれに関して感じた・考えた事を書いていきます。

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人の役に立てることの喜びが幸せになる

といった内容がありましたが、自分としては一部賛成。

確かに人の役に立つことは喜びであり幸せの一部ではあるとは思いますが、それ”だけ”だといつか潰れると思います。

『人の役に立ちたい』が『人の役に立たないといけない』となってしまうと、あまりにも人の役に立てない状態が続いたときにあまりにも辛い思いをするので。

あくまで自分がそれをしたいという思いも入っていないとダメなのかなと。

ほぼほぼ障害者の人だけで工場経営を成り立たせる(黒字化)。そして、そのための努力

民間の会社である以上、利益を上げていかなければいけないのは当たり前。

それを知的障害者の方をメインとしてやり遂げたというのはスゴイと思いました。

もちろん、そのためにはものすごく現場を工夫されていました(↓に関連して書いてます)。

その結果、他の工場のラインよりも高い生産性や、低い不良率を達成したというので単純にスゴイですよね。

これに関連して、作業所での労働は知的障害者の方にとって真に人の役に立つ幸せとはなり得ないというところもなるほどなと思いました。

民間企業が成り立つためには「本当に必要とされることをしていく」ことが求められます。

「これといって必要かどうか分からない」ではなくて、「本当に必要とされていることを自分がしているという実感」が真に幸せにつながるのかなと。

これは、「自分が本当に必要としていることを自分が行う」ことも真の幸せにつながるんですかね?

もしこれが成り立つなら、「自分がそこまで必要としていないことを自分が行う」ことはあまり幸せにはつながらない?

これはさらに↑で書いた「人の役に立つ」に繋がりそうですね。

人から必要とされることと、自分が必要としていることが一致しないと真に幸せを感じることができないってことでしょうか?

まあこれがぴったりと一致するのが理想なんでしょうかね。

各人が理解できる作業・考え方にする工夫

↑での工夫のやり方として、通常の作業や考え方を押し付けるのではなく、各人が理解できる作業・考え方にするという所に同感しました。

それを行う人がより直感的に、より分かりやすく。UIなんかと一緒かもしれませんね。

もちろん、いろいろなやり方に対応できる人材というのは使いやすいと思いますが、より適材適所になってきている今の時代ではむしろその各人が直感的に理解できる作業・考え方にすることでその人自身の能力を最大限活かす方がいいんだろうなと。

単純に人間として生きていくにはすでに十分すぎる環境をそろえられている今の時代に、個々人の長所を押しつぶしてまでさらに環境の充実を求めなくてもいいんじゃないかなー。

伸ばせる長所を伸ばしてもっと新しい発見・進化をしたほうがいいんじゃないかなと思いますね。

おわりに

とっちらかりましたが、こんな感じに色々なことを考えさせられる本でした。

字数・ページ数ともに読みやすくなっているので興味があれば是非読んでみてください。

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